フィリップとアレックスが雑誌の撮影で初めて出会うお話。(漫画版『Honey』は一部台詞の改変あり)

登場人物

P:フィリップ

A:アレックス


撮影現場 トレーラーハウス内

A:(――今回の企画は、ログハウスで休暇を過ごすゲイカップルって設定なのか…。相手役は、フィリップ・ベルエア…。一体どんなやつだろう。あの有名女優ヴァレリーの息子だし、よくいる傲慢でワガママなおぼっちゃんタイプか…?

今までに見た2世たちは、だいたいそんな感じだった。アルコールかドラッグかセックスの問題を10代から抱えているような子たちも少なくはない。留置場で一晩過ごすことになっても、パパやママがどうにでもしてくれる。もちろん、いい子たちも中にはいたけど…、大抵はハメを外して生きてる。彼もそんな感じだろうか。

……おっ、スタッフたちが騒がしくなってきたぞ。いよいよおでましか?)

A:(……彼が……。……あれが、フィリップ・ベルエア……。彼が入っていったあのトレーラーは、フィリップのために用意されたものだ。だからつまり、彼が本人だってことだよな。そうに違いない。

いずれにせよ……彼は特別な人だ…。今分かった。なぜかは分からないけど、僕には彼しかいない。それだけははっきりと分かる。

……そうだ!こんなところでぼーっとしてる場合じゃない。彼にあいさつしないと。それから、電話番号。彼に僕の番号を渡さなきゃ…。どうにかして彼に近づきたい。紙…、どこかに紙無かったっけ…。…デスクの上にメモ帳があった!)

撮影現場 屋外

A:(いた…!今なら彼も独りだ)はじめまして。僕はアレハンドロ・シルバラード。アレックスって呼んでくれ。

P:…よろしく。

A:フィリップって呼んでもいい?

P:好きにすれば。

A:それから、これ。

P:あ?

A:僕の番号。

P:…ハ?

A:よかったら受け取って。

P:なんなんだよ……、あんた…もしかしてゲイ?

A:いや、そういうつもりじゃない。ただ、君ともっと仲良くなりたいと思ってさ。

P:オレ、あんたとは合わないと思うぜ。つーか、何が目的なわけ?

A:目的は、君と友達になることだけだよ。僕らはぜったい良い友達になれる。

P:っは…なにそれキモ…。いらねーっつってんの。つるむ相手なら困ってねーから。

A:とにかく、今日からよろしく。

P:はいはい。

A:あのさ、フィリッ…――

(あ…、もうイヤホンしちゃった…。でも、幸いこの撮影は彼と2人きりの撮影で、しかもカップルという設定だ。こんなチャンスはきっともう二度と来ない。ぜったい最終日までに彼に近づいてみせる!)

P:(…今のやつ何なんだよマジで。アレックスとか言ったか?いきなり男に番号渡すかフツー。ゲイじゃねーっつってたけど、どうだか。なにが『君ともっと仲良くなりたい』だよ。おまえと仲良しになんかなりたくねーっての。

ああいうやつ今までも何人もいたし、みーんな結局はママの金と名声が目当てなんだよな。つか、あんなブキミなやつと何日もカップルなんて設定で撮影とか冗談じゃねーよ…。仕事だし仕方ねーけどさ。さっさと終えて帰りてー…)

撮影中 屋内

A:(さっきまではソロだったけど、ついにフィリップとの絡みで撮影だ…!うぅ~…いつになく緊張してきた)

P:(うっわ……なんかすげー嬉しそうな顔してるよアイツ…。しかも次のショット、よりによって絡みとか…。外はクソさみーし、山と森ばっかでなんもねーしサイアク…)

A:フィリップー!こっちこっち!

P:(マジかよ…オレの名前呼んでる。時間になりゃ行くっつの。しかも手を振りながらデカい声で呼ぶな…みんな見てんじゃん。どこまで恥ずかしいやつなんだよ…)


A:(フィリップ……ああ…、近くで見るといっそう素敵だ。髪もまつ毛も、ぜんぶ透けるような赤毛で…。瞳は僕のダークブラウンと違っていくつも色が入っているから、まばたきするたびに輝いて、まるで水面のように光が揺れてる。

だめだ……、彼が近くにいると、耳まで熱くなって指先がしびれてくる。喉もカラカラだ。あそこの椅子に置いてある水のボトルに手を伸ばしたい。でも、このままずっと彼から離れたくもない。一体どうしたらいいんだ)

P:(さっきからため息ばっかついてんな、こいつ…。始まる前はすげー嬉しそうな顔してたのに。いざ始めてみたら、オレとの撮影は退屈だってのか?なんかすげームカつく…)

A:(……この想いは、もしかしたら一時的な気の迷いかもしれない。だけど、今たしかに僕は全身で彼に恋してる。それをどうにかして彼に伝えられたらいいのに…。でもそのためには、警戒心を解いてもらうのが先だな。恋は急がず、だ。いや、あせらず…かな)

P:(ああー…すっげーーー憂うつ。この仕事始めてしばらく経つけど、絡みの撮影ってほんとニガテだ。基本的に、人とくっつくの好きじゃねーんだよなあ…。

今日は男だけど、女の子相手も――そもそも、ほとんど女の子に触ったことねーから緊張しちゃうし――密着するのは何度やっても慣れねえわ……。もう帰りてえな…。メシがケータリングのビュッフェばっかなのも飽きるし…)


A:あっ、一旦休憩みたいだね。

P:…ア?…ああ、…だな。

A:じゃあ、またあとで。もし何か困ってることや足りないものがあったら僕に言ってね、フィリップ。

P:ハァ?……おまえさあ、オレのアシスタントにでもなったつもりか?さっさと自分のトレーラーに戻れよ。

A:そうする。でもいつでも声かけてくれ。

P:………。(なんなんだよあいつ…ほんとムリ…)

撮影2日目 朝

P:(なんかよく眠れなかったな…。ホテルの部屋がやけに乾燥してたせいか喉痛ェ…。声使う仕事じゃねえし、撮影に支障はないからいいけどさ)

A:おはよう、フィリップ!

P:(……出たよ…)…おう。

A:喉どうしたの?風邪気味?

P:…!(えっ、オレそこまで声変わってないよな?なんで今の一言で分かったんだ?)

A:フィリップ、ちょっとここで待っててね。

P:

A:はい、良かったらこれ飲んで。先週まで僕も風邪気味で、のどの薬を飲んでたんだけど、1箱余っちゃってて。ちょうど持ってて良かったよ。これは眠くなりにくいし、効き目も強すぎないから、風邪の引き始めには良いと思う。

P:いらねーよ、そんなもん。てめーのゴミを勝手に押しつけんな。

A:フィリップ、風邪は引き始めが肝心なんだ。まだ撮影は数日続くし、ちゃんと養生しないと。どんな職業でもそうだけど、特に僕らモデルは体が商品だろ?心身ともに磨いて、健康でいることがなによりも最優先事項だ。フラフラした体で、スタッフに迷惑かけるわけにもいかない、そうだろ?

P:それは…、そうだけど…。だからっておまえの助けなんかいらねーよ。薬くらい自分で買う。

A:捨ててもいいから持ってて。ね?君のことが心配なんだ。

P:…っ…!大げさすぎんだよ、これくらいのことで!

A:あっ、そろそろ打ち合わせ始まるかな。行こう、フィリップ。

P:(くそっ…言いたいだけ言って、結局薬も置いていきやがった…。自分勝手なやつ……)

撮影2日目 夜

P:(やっぱ1日中だるかったな…。……あいつが置いてった薬、飲んでみるか。見たとこ未開封の箱だから、やべー薬とすり替えてるってことも無さそうだし、この薬ならオレも飲んだことあるから、副作用もとりあえず大丈夫だろ。

にしても、あいつ…、オレに取り入るためにこんなことまでしてんのかと思ったけど…、どうもあれがあいつの性格らしい。今日1日あいつを見ていて分かった。シンプルにマジメなだけだ。

ま、この業界、外ヅラだけいいやつなんていくらでもいるけどさ。でも、あいつは…思ってたほど悪いやつじゃねーのかもな…。スタッフの誰に対しても親切で気を配るし、だからか女にもモテてる……)

A:(フィリップ、どうしてるかな…。僕があげた薬を飲んでくれてるといいんだけど。すごく心配だ……)

撮影3日目 朝

P:(喉が昨夜よりスッキリしてる…。体もダルくねーし、薬が効いたのかな)

A:フィリップー!おはよう!体の調子はどう?

P:ああ…おはよ。おまえにもらった薬…、あれ飲んだから今日はだいぶ良い。

A:ほんとに!?良かった~…心配だったんだ。じゃあ、これも良かったら試して。

P:なんだこの袋。

A:のど飴だよ。昨夜、薬局で買ったんだ。好みが分からないから、ハニーとミックスベリーとミント味を買ったんだけど、フィリップはどれが好き?

P:……ハニー。

A:はい、どうぞ。もし他のも試したくなったら言ってね。すぐ出すから。

P:…サンキューな。(なんかこいつ母親みてーだな…)

A:気にしないで。早く治るといいね。じゃあ、今日も1日がんばろっか!

P:…おう。

撮影最終日 撮影終了後

P:(撮影も今日で終わりか…。ずっといたからか、こういう場所もだんだん良く思えてきたかも。今度何人か誘って、プライベートで遊びにでも来るかな。キャンプとかしたことねーけど、誰かやったことあるだろうしなんとかなるだろ。

……それに、なんだかんだ楽しかった…。あいつのおかげだ。やっぱり、最後まで下心があるって感じはしなかった。人懐こいやつなんだろうな。風邪も完ペキ治ったし。ハニー味ののど飴美味かったから、今度同じの買おっと。

それから、あいつに…――)

A:おつかれさま、フィリップ。

P:おう、おつかれー。

A:今日で撮影も終わりだね。…さみしいけど、最高に楽しかったよ。それもぜんぶ君のおかげだ。

P:………。

A:初日に断られちゃったけどさ、僕の…――

P:――これ…っ…!

A:えっ?

P:オ、オレの番号。欲しかったんだろ?

A:……いいの?

P:いらないならいい。

A:ありがとう!フィリップ!!

P:離せよっ!苦しい!

A:あとでメッセージ送るね。

P:先に言っとくけど、オレは返信遅いからな。

A:かまわない。君とまた話せるだけで嬉しいから。

P:……じゃあまたな、アレックス。

A:さよなら、フィリップ。また撮影でいっしょになれるといいね。

P:(あのバカやろう、どんだけ力あるんだ!?

……でも、すげー嬉しそうだった…。高校の頃ずっとルームメイトだったザックも、あいつくらい明るくてノリのいいやつだけど、ザックとはまた違った良さがある。それは、この数日間いっしょにいて分かった。番号渡しちまったけど、どうせたまにメッセージやりとりするくらいだろうし、別にどうってことないよな…)

=着信音=

P:もう送ってきたのかよっ!さっき別れたばっかじゃねーか!

A:”フィリップ、番号を教えてくれてありがとう。君に会えて本当に良かった。僕の人生が180度変わった数日間だったよ。またあとでメッセージ送るね。 アレックス”

P:(人生…!?あいつにとってそんな一大イベントだったのかよアレ!?ただのよくある企画じゃん…。でも、雑誌が仕上がるのはオレも楽しみだな。今回けっこーがんばったし。発売日あとでチェックしとこ)

END
(200515)