フィリップとアレックスが、アレックスの母メリンダに会いに行くお話。
登場人物
P:フィリップ
A:アレックス
R:ロクサーヌ
M:メリンダ
L:ロレンソ
アレックスの実家近辺
P:……で、なんでまだついてくるんだよロクサーヌ。
R:ん~…引率?だってそこでバッタリ会った弟が、これから彼氏の実家に行く途中だって言うんだよ?こんな面白イベント逃す手無いじゃん。
P:ハァ!?
A:知ってる人がいたほうが、君も心強くていいじゃないか、フィリップ。ロクサーヌが一緒ならにぎやかだし、場も和むと思うよ。それに、今日は家に母さんしかいないし、明るくて話しやすい人だから、そんなに緊張しなくて大丈夫。
P:きっ、緊張なんかしてねーよ!だからって、彼氏の家族に初めて会いに行くのにわざわざ姉ちゃん連れてくやついるか?
R:地球には70億人もいるんだから、1人くらいはいるっしょ。
P:ぜってーいねーよ。……おい、なにニヤついてんだアレックス。
A:『彼氏』って呼ばれたのが嬉しくて…つい。
R:もー、細かいことぐちぐち言わないの、フィリップ。レクシーも良いって言ってんだしさ。あたしだって「いつも弟がお世話になってます~」の挨拶くらいしなきゃ。
P:そのレクシーって呼び方やめろ。
A:あ、2人ともそろそろ着くよ。その角曲がったところ。
アレックスの実家 玄関
A:母さん、ただいま。
M:あら~~!おかえりアレックス!まあまあまあ、ようこそいらっしゃい!待ってたわよ、あなたがフィリップね?会えて本当に嬉しいわ!
P:はじめまして…ウグッ、
M:やだごめんなさい、苦しかった?あなたのことは息子からそりゃもうたーっくさん話を聞いてるわ!いつも息子に親切にしてくれてありがとう。
P:いえ、そんな…。オレこそ、アル…アレックスには色々と世話になってて…とても感謝してます。
M:ほんとに可愛くて良い子じゃないの、アレックス。
A:ね、言った通りでしょ?
M:それで、そちらの美しいお嬢さんは?
R:フィリップの姉のロクサーヌです。はじめまして。2人とはすぐそこで偶然会ったものですから。
M:まあー、そうだったの!さあさ、こんなとこに固まってないでリビングへどうぞ。そうだ、みんなお腹空いてない?
A:うーん、ちょっと空いてきたかも。2人は?
R:実はあたしペコペコ。朝遅かったからお昼抜いちゃったんだよね。
P:オレは別に…。気を遣わないでください。
M:いいのよフィリップ、遠慮なんてしなくても。自分の家にいるみたいにくつろいでくれてかまわないんだから。今日はひとりだったから話し相手が一気に増えて嬉しいわ。じゃないと、テレビに向かってひとりごと言うか歌うくらいしかなくって。
R:あはは!それわかる~!
M:でしょ!?いつのまにか1人でしゃべったり歌ったりしてんのよね~。ペットでもいればいいんだけど…大好きなワンちゃんは夫がアレルギーだし。ってそんなことより、チョコフランを切ってくるから、みんなソファに座って待ってなさい。
P:なあアル…、チョコフランって何だ?
R:あたしも気になってた。
A:チョコフランは上下2層になってるケーキなんだ。上がフランで、下がチョコケーキ。フランというのはメキシコでよく食べられているプリンに似たデザートだよ。
R:えー!なにそれめっちゃおいしそう!
P:プリンがチョコケーキと合体してるなんて最強じゃん。
A:子どもの頃、兄さんと僕が学校から帰ってくると、母さんがおやつに焼いておいてくれるのが楽しみでさ。フランだけのときもあったっけ。このあたりはメキシコ系の家が多いから、特にフランはみんなどの家でも作ってると思うな。定番のおやつだよ。
P:へえー。
M:ハァーイ、お待たせ!おやつの時間よー!足りなかったらデザートタコスでも作るから言ってね。
R:うわぁ、ほんとに2層になってる。フランがツヤツヤでおいしそう~!
P:ありがとうございます、ミセス・シルバラード。
M:メリンダでいいわよ、フィリップ。どんどん食べなさい。特にフィリップとロクサーヌ、あんたたち2人はもっとたくさん食べて、アレックスみたいにお肉をつけなきゃ倒れちゃうわ。今度来たときは、美味しい肉料理をたっぷりごちそうしないとね。
R:じゃあ姉のベレニスも連れてきていい?彼女、お肉食べるの大好きだから。
M:お姉ちゃんがもう1人いるの?もちろん大歓迎よ!私が家族の他に好きなのはね、お腹を空かせた人に料理を作ってあげることなの。そして、食べている人たちの笑顔を見るのがなによりの幸せよ。
R:メリンダってば最高!じゃあ、いただきまーす!
P:いただきます。
A:ありがとう…母さん。
M:いいのよ、アレックス。さ、早く食べて。
R:おいしかったー!
P:ごちそうさま、メリンダ。
M:気に入ってくれて良かったわ!…あら、玄関が開いた気がしたけど…、ロレンソかしら…。こんな時間に帰ってくるなんて、めったに無いんだけど。
R:ロレンソって?
A:僕の兄さん。
P:!
L:ただいま母さん。!?…アレックス…。すまない、来客中だったのか。
A:久しぶり…兄さん。
R:(この2人…あまり仲は良くないっぽい…?)
M:珍しいわね、こんな時間に。忘れ物?
L:いや…、今日は午後の講義が休講になったから、帰ってきたんだ。
M:そうだったの。ちょうど良かったわ、お勉強の前にあなたもおやつ食べなさい。大好物でしょ、チョコフラン。
L:俺は大丈夫だよ。それより、こちらは…?
M:ああ、えっと、それがね…、
A:僕の彼氏のフィリップと、そのお姉さんのロクサーヌだよ。
L:!?
P:!
R:実はそうなんです~。よろしく♡
P:(ロクサーヌの『クセ』が出た…。好みのイケメンを見るといつもこれだ…)
L:彼氏って…、アレックス、おまえ……ゲイだったのか?
A:いいや。彼を愛してるってだけ。
L:…!
P:(アレックス…)
M:それがねロレンソ…、ヴァレリー・ベルエアって知ってるでしょ?2人とも、彼女のお子さんなんですって。そんな子がうちの息子とお付き合いしてるなんてねぇ~…、なんだかドラマか映画でも観てるみたい。
L:……そうなのか。はじめまして。
P:はじめまして…。
R:はじめまして♡
A:…母さん、ごちそうさま。皿片付けるよ。
P:あっ、お、オレも手伝う!
M:あら優しいわね、ありがとう。ロレンソ、まだ余ってるけどほんとにいらない?
L:うん。…じゃあ、俺は部屋に戻るから。どうぞごゆっくり。
P:……。
キッチン
M:ごめんなさいね、フィリップ…。ロレンソは、ちょっと人見知りなところがあるから。
P:いえ…、気にしてませんから。
M:きっと、弟が彼氏を連れてきたからびっくりしちゃったのね。ちょっとのことじゃ眉ひとつ動かさない子なのに、あんな顔ひさしぶりに見たもの。私はアレックスから聞いてたから心の準備もできていたけど…いきなりじゃ驚いちゃうわよね。アレックスが幸せなら相手が誰であろうと――あ、犯罪者とかは嫌よ?――それでかまわないんだけど…。
A:ありがとう母さん…僕らを受け入れてくれて。
M:なに言ってんの。世界のどこで誰と一緒にいたって、あんたが私の可愛い息子ってことに変わりはないんだから。それにここはあんたの家でもあるのよ。いつだってハグされに帰ってきなさい。
A:うん。
M:そうだわ、フィリップ。アレックスの小さい頃のアルバム見ない?もうすっごく可愛いんだから!
P:…!……見たい。
A:うわっ、ちょっと恥ずかしいな…。
R:メリンダ、お手洗い借りてもいい?
M:ええ、どうぞ。そっちの廊下の突き当りの左のドアよ。右側のドアはロレンソの部屋だから間違えないように気をつけてね。
R:…はーい。
ロレンソの部屋
=ドアをノックする音=
L:どうぞ。
R:…こんにちは~…入ってもいい?
L:!……君、ロクサーヌって言ったっけ…。何の用?
R:お勉強中にごめん。でもあたしたちせっかく知り合えたんだし、これも何かの縁じゃない?だから、もっと仲良くなれたらなって思って…。
L:…君はいつもそうなのか?
R:(ちょっ、まって、なにこれ顔近すぎない?…まつ毛長っ…。ほんとイケメン…)…えーっと…?
L:いつもこうやって男を誘ってるのかってことだよ。よく知りもしない初対面の男の部屋をひとりで訪ねたりしないだろ、普通。俺が性犯罪者だったらどうするんだ?
R:…それは…。
L:そんなに俺に興味があるなら答えてやるよ。俺はロレンソ・シルバラード。年齢は26歳で独身。弁護士になるためにロー・スクールに通ってる学生だ。そして、君には全く興味がない。
R:…!
L:これで俺のことはよく分かったろ。早く出てってくれ。課題で忙しいんだ。
R:ステキな自己紹介ありがと。あたしはロクサーヌ・ベルエア。
L:おい、聞こえなかったのか?俺は出ていけと言ったんだぞ。
R:仕事はあなたの弟と同じ事務所でインフルエンサーやってるの。フォロワーは25万人ちょっとってとこかな。長所は~、好きな人には一途なところで、短所は惚れっぽいところ。今はフリーだけど、1番気になってる人は…、ロレンソ・シルバラード。
L:!?
R:知りたいことがあったら、なんでも聞いて♡
L:………。
R:…?スマホでなに検索してんの?
L:これ、君のアカウント?
R:うん、そうだけど。
L:なるほど…、たしかにインフルエンサーだ。自撮り、美容系動画、また自撮り、男との旅行写真、またまた自撮り、さっきとは違う男とのキス写真…。自分大好き人間だということは一目で分かるな。
R:だって見てよ、あたしかわいいじゃん?あたしのことは、あたしが1番大好きだもん。
L:……。ざっと半年ほど遡っても、彼氏らしき男が何人も出てくるじゃないか…。コメント欄もだいぶ荒れてる。次の男とどのくらいで別れるかの賭けまでしてる始末だ。
R:……やだちょっと…ロレンソってば、もしかして妬いてんの?
L:君さ……どうやったらそんなおめでたい頭になれるんだ?どうせ姉弟そろってそんな調子なんだろうな。
アレックスも、本当なら今頃は俺の母校で学んでいたはずなのに、女と遊びまくって今じゃあのザマだ。それに今度は、彼氏だって?まったくお気楽で羨ましいよ。
R:右と左どっち?
L:ハ…?
R:…って、どっちの頬を殴られたいのか聞こうと思ったけど、あんたには殴る価値すら無いわ。
L:!
R:黙って聞いてれば何様のつもり?なんでもお見通しって顔してるけど、こんなスマホの中の小さい写真1枚2枚で、一体あたしの何が分かるって言うの?ちょっと…ほんのちょっとだけ顔は良いかもしれないけど、中身はブサイクね。
あんたみたく思いやりのカケラもないやつが、困ってる人たちを支えて救おうだなんてマジで笑える。弁護士より犯罪者のほうがお似合いよ。
L:なんだとこの…ッ!
R:それと、もしまた弟とアレックスを侮辱したら、あんたのこと一生許さないから。
L:…!
M:あら、姿が見えないと思ったらロレンソと一緒にいたのね、ロクサーヌ。
R:!
M:今、フィリップとアレックスの子どもの頃のアルバムを見てるんだけど、あなたも見ない?……なんだか2人とも暗い顔してるけど…どうかしたの?
L:…なんでもないよ。彼女がロー・スクールの話を聞きたいって言うから、話してただけ。
R:そうなの~!あたし、高校卒業してからずっと働いてるから、ロー・スクールってどんなところなのか興味が湧いちゃって、彼に質問攻めしてたの。
M:それはいいわね。なんでも教えてあげなさい、ロレンソ。みんな仲良くなってくれたら、こんなに嬉しいことってないわ。
R:ほんと、そうだね…。…ごめんなさい、メリンダ。用事を思い出したからもう帰らないと。
M:まあ、それは残念。
R:ケーキ、ごちそうさま。とってもおいしかった。うちのママも最高だけど、忙しくて手料理を作ってくれたことはほとんど無いから、もう1人ママができたみたいで…楽しかった。
M:ロクサーヌ…。
L:………。
M:あんなので良ければいくらでも作ってあげる。私も、娘ができたみたいでとっても嬉しかったわ。ありがとう、ロクサーヌ
R:うん…。ありがとねメリンダ。じゃあ、さよなら。
M:気をつけて。またいつでも遊びにいらっしゃいね。
L:(………)
(200516)