ジェリーが理容師になった理由をアレックスとシャマルに明かすお話。

登場人物

G:ジェラール

A:アレックス

S:シャマル


ジェラールの理容室 店内

A:こんにちは。初めまして、ムーンさん。僕はシャマルの友人で…――

G:もちろん知ってるわよ~~ッ!モデルのアレハンドロ・シルバラードね!やっと会えたわ。もう、シャマルときたら、こんなイケメンと知り合いなくせに長いこと黙ってたんだから。

S:ちょっ…、俺のときと態度違いすぎじゃない?

G:ムーンさんだなんて、そんな他人行儀な呼び方止して。私のことはジェリーでいいわ♡

A:ありがとう、ジェリー。僕のこともアレックスって呼んでね。

G:じゃあアレックス…、今夜ヒマなら私とデートしない?素敵な夜にする自信あるわよ?

A:!?ご、ごめん、今は…デートしてるガールフレンドがいるんだ。

S:こいつは口説くだけ無駄だぜ、ジェリー。女が途切れねえんだから。みんな相手から寄って誘ってくるけど。

G:あらぁ、それもそうよねぇ~。こんなイイ男放っておく手はないわ。フリーになったら連絡ちょうだい。お兄さん、いつまででも待ってるんだから♡

A:そ、それより、素敵なお店だね。1人で経営してるの?

G:ええ。昔はよその理容室で働いていたんだけど、3年くらい前にそろそろ独立しようかしらと思い立ってね。それで、この雑居ビルのお部屋を2つ借りて、1つをお店に、もう1つを自分のお家にしたの。

S:“恋人たち”は元気か?

G:そりゃもう。あの子たちときたら、毎日2人で私を除け者にして内緒のお話ばかりしてるのよ。妬けちゃうんだから。

A:“恋人たち”?

S:ジェリーの飼ってるヨウムの『ボー』とシャム猫の『ギー』。

G:気取り屋で甘えん坊で、口うるさい可愛い子たちよ。

A:とっても楽しそうだね。

G:まったく飽きさせないわ。

A:ジェリーは、ACの出身なの?

S:いや、ニューヨークだったよな。

G:そう。私が育ったのはニューヨークの、アフリカ系フランス人の多いコミュニティよ。うちのパパとママはエチオピアからの移民だけどね。

A:へぇ。

G:といっても、華やかな大都会とは違って、子どもを育てたくなるような場所とは言えなかったわね…。でも、とにかくパパとママはそこで私を高校卒業まで一生懸命育ててくれたわ。幸いなことに、暴力を振るわれたり犯罪に巻き込まれることはなかった。

A:それは良かったね…!

S:そんな荒れた町だと、レアケースじゃねぇの?

G:ええ…。私の周りには、団結力もあって親切な強い大人たちが多かったのよね。

A:ご両親は、今もニューヨークに?

G:そうなの。結婚30周年のお祝いに、穏やかな郊外に小さなお家をプレゼントしたから、そこで元気に暮らしているわ。

A:ええ!?すごいじゃないか!

G:こんなに大きく育ててくれたんですもの。ほんの恩返しよ。

A:じゃあ、こっちへは高校を卒業してから?

G:ええ、理美容の専門学校に通うためにね。

S:あっちの学校じゃなくてか?

G:当時はこっちのほうが最先端だったのよ。今でもそうだけど、流行の発信基地だった。特にこの町、レインボー・スクエア周辺はね。だから、憧れも大いにあったの。

A:じゃあ、子どもの頃からこの業界に憧れていたんだね。

G:そう…、ひとりの魔法使いに会った日から。

A:魔法使い…?

G:彼の名前は『モーリス』。町の片隅で小さな理容室を営んでいて、みんなは彼をモー兄さん、と呼んで慕っていたわ。

S:おっ、ジェリーの師匠?

G:最後まで聞きなさい、シャマル。

S:ハァ~イ。

G:ところで、髪の毛って主に何でできてるか知ってる?

A:タンパク質?

G:正解よ、アレックス。賞品は私の熱いキス♡

A:それは…とっておきの時まで大事に取っておいて。

G:んもぅ~!

S:(タンパク質かなって思ってたけど言わなくてよかった)

G:でね、私たち理容師は、こんなふうにお店でお客さんを迎えて、そのタンパク質の塊をハサミや剃刀を使って切ったり剃ったりしてるわけ。来る日も来る日もね。それが私たちのお仕事。

S:言われてみりゃそうだな。

G:でも彼…、モー兄さんは違ったの。時間さえあれば町に出て、ホームレスの人たちの伸びきった髪やヒゲを無償で整えていた。みんな、その日の暮らしに手いっぱいで、自分の外見なんか気に留める余裕もない人たちよ。中には、犯罪やドラッグに手を染めて、どうしようもないところまで落ちている人だって沢山いたわ。

S:…だろうな。

A:……。

G:そんな中、モー兄さんは陽気におしゃべりしながら、あっという間に彼らを洗練された紳士に変えてしまうの。まるで、魔法使いがステッキを振って、みすぼらしい女の子を素敵なプリンセスに変えてしまうおとぎ話みたいにね。

A:わぁー!僕もその魔法を見てみたいな。

G:ケープを外されて鏡を覗き込む彼らの瞳は、まるでクリスマスプレゼントを貰った子どもみたいにキラキラと輝いていたわ。わっと声を上げて泣き出す人もいた。

S:たしかにそりゃ魔法使いだな…。

A:うん…。

G:でしょ?私は、それを眺めるのが大好きで、モー兄さんがホームレスの人たちのところへ出かけるときはいつも後をついていって、お手伝いさせてもらっていたの。

A:モー兄さんもジェリーのおかげでかなり助かっただろうね。

S:彼はなぜホームレスの人たちの髪を切っていたんだ?

G:それは…、彼自身がかつてホームレスだったから。

A:…!

S:…マジか…。

G:元はニューオーリンズで細々と理容師をしていたけど、ハリケーンで被災してすべてを失い、最後にはホームレス同然であの町に流れ着いたそうよ。そして、支援団体の援助で生活を立て直したの。
半年ぶりに石けんで体を洗った日のこと、初めてアパートを借りた日のこと、お店を構えて最初のお客さんを迎えた日のこと…、とても幸せそうに話してくれたわ。そして、その体験から、人はきっかけさえあれば、差し伸べられた手を掴むほんの少しの勇気さえ出せば、立ち直ることができると彼は学んだの。

モー兄さんはいつも言っていたわ。「俺にはこれしかできねぇんだ、ジェリー。この薄っぺらい金属板でタンパク質の塊を切ったり剃ったりすることしかな。でも、そんなことがみんなをとびきりの笑顔にしちまうんだぜ。どうだい、魔法みたいだろ?」…って。たとえ一時しのぎの気休めだとしても、ホームレスになる前の自分の姿を見た彼らの心に光が灯ればと思っていたんでしょうね。

:きっとそうだね…。僕たちモデルは、いつもヘアスタイリストさんたちのお世話になっているけど、毎回限られた時間の中で魔法をかけてくれるから、本当に凄いよ。

S:モー兄さんは、まだニューヨークにいるのか?

G:いいえ、今はもっとずっと遠くよ…、神様のところ。

S:

A:それじゃあ…。

G:そう、亡くなったの。もう20年も前になるかしら。ある日、ギャングが車の窓から銃を通りに向けて撃ってね。敵対勢力の幹部が標的だったらしくて、そのすぐ近くを歩いていたモー兄さんも一緒に撃たれてしまったわ。

S:なんてことをしやがる…。

A:そんな……酷すぎる…。

G:だから私は、モー兄さんの魔法の光を絶やしたくなくて、この道に進むことを選んだの。少しでも力になれればと、ホームレスの人たちのヘアカットをボランティアでやらせてもらってるわ。この町は、悲しいことに国内でもホームレスが多い都市のひとつでもあるから。

S:そうだったのか。

A:ジェリー…僕らは今日初めて会ったけど、あなたとモー兄さんを誇りに思うよ。ハグしてもいい?

G:やっ、やだもぉ~、アレックスったら!こんなクソ坊主とつるんでるとは思えないほどいい子なのね…!お兄さん泣いちゃうわ…。

S:それどういう意味?

END

(211208)